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その地を、その歴史を、その想いを象徴的に刻みます。
航空大学校敷地内に建てられました。
航空訓練の安全と尊い命の慰霊を祈願して建立されました。訓練機のプロペラがモチーフになっています。
弊社に於きましても、訓練にて殉職された職員様及び訓練生のご冥福を心よりお祈り致します。と共に、訓練での事故ゼロを祈願申し上げます。
俳誌「海程」主宰・日本芸術院賞受賞者の金子兜太氏の宮崎との縁に感謝し氏の今後の更なるご活躍、ご多幸を記念して平成16年8月に建立された。
この句は塀塀15年10月に宮崎市で開催された九州地区現代俳句大会の折、現代俳句の巨匠金子兜太氏が、宮崎市青島に於いて詠まれた一句である。
宮崎を観光地として整備した立役者として「宮崎観光の父」と呼ばれる。
日南海岸に現在宮崎の風物詩になっているフェニックスの植林を行い、こどもの国の開園、えびの高原の観光開発、橘公園の造園など「大地に絵を描く」という理念で大型の観光開発を行った。
岸信介元首相と懇意の同窓生であり、佐藤栄作元首相に全日空の社長就任を要請されるなど中央政界にも太いパイプを持った人物だった。
1988年より宮崎市が顕彰し建立されたものです。
宮崎県庁に入庁し、農林大臣秘書官、県副知事などを務めた後、県知事選挙に出馬し当選。以来、約20年間で通算6期連続当選した。
災害に強い品種の開発やSAP(農業繁栄のための学修活動)を提唱するなどして現在の農業県の地位を確立させたこと、景観・環境にいち早く目をつけ条例を制定し岩切章太郎とともに宮崎を一大観光地に育てたことが主な実績である。
アジアのノーベル賞といわれるマグサイサイ賞や勲一等瑞宝章を受章した。
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